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ウォルター・イライアス・ディズニー
Walter Elias Disney
(1901年12 月5日 - 1966年12月15日)
  • アメリカのシカゴに生まれたディズニーの創業者。
  • 4歳でミズーリ州に引っ越し、農場で動物たちとともに、幼少期を暮らした。
  • サーカスを観たかったが、家が貧しかったため叶わなかった。古くなった麻袋を使ってテントをつくり、農場にいる動物たちを木箱に入れ、手作りサーカスを催した。ちゃっかり入場料もとった。
  • まだ小さい頃から、毎朝3時30分に起きて新聞配達。朝方、こっそりと金持ちが捨てたおもちゃで遊んだ。
  • 高校になっても生活は苦しく、学校に通いながら、ゼリー工場や郵便局で働いた。
  • 軍隊に入るために年齢詐称をして年上に偽っていた。
  • アート・スタジオで職を得るが、経営悪化により、半年で解雇。18歳でデザイン会社を起業するがうまくいかなかった。
  • 1923年、兄ロイとともに興したのが、「ディズニー・ブラザーズ・スタジオ」。「しあわせウサギのオズワルド」でヒットさせるが、大半の従業員を引き抜かれて、キャラクターの権利まで失った。
  • 「ミッキーマウス」は妻が考えたネーミング。もともと、ディズニーが考えていたのは「モーティマー」だった。
  • アニメのカラー化、長編化に挑んだ。スタッフの猛反対はすべて無視して、成功をつかむ。
  • 「白雪姫」で巨額な利益を得るも、すべて自作の製作費に投入した。待遇改善を求めた従業員員たち、ストライキを起こされ「ドブネズミ」とまで言われた。
  • 53歳にして、誰もが反対した新事業に着手。それが、ディズニーランドである。
「ここを人で埋める。そうしたら本当のショーが始まるんだ」
「新しい世界を開拓し続けなければ、ボクは死んでしまう」
※名言、エピソードの詳細は「アウトロー経営者の履歴書」、「壁をブチ破る 天才100の言葉」、「経営者100の言葉」(彩図社)を参照。
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