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オー・ヘンリー
O. Henry
(1862年9月11日 - 1910年6月5日)
O. Henry
(1862年9月11日 - 1910年6月5日)
- アメリカを代表する 短編小説家、。代表作に「最後の一葉」など。
- 1862年、アメリカのノース・カロライナ州に生まれた。南北戦争で敗れた直後の南部で、少年時代を過ごした。
- 3歳で母を亡くし、15歳まで叔母の私塾で学んだ。その授業では、英文学の古典が多く使われ、ヘンリーの作家としての素地を形成した。
- 絵が達者な少年で、右手で算数を解きながら、左手で教師の似顔絵を描いた。
- 大学に行きたかったが、医師の父親が発明に熱中し財政難だったためかなわず、叔父のドラッグストアで4年間の見習い期間を経て、薬剤師の免許を取得。合計5年間、勤めた。
- ドラッグストアによく訪れていた医師が検査のために尿を持っていると、ヘンリーは多量のシロップを混入するいたずらをした。深刻な糖尿病と思い込んだ医師が遺言状を用意する騒ぎになった。
- 咳がひどいため、飽き飽きしていたドラッグストア勤務から抜け出し、テキサスで転地療法を行なうことに。牧場を手伝いながら、読書にふけった。
- 2年半、牧場で過ごすと州都オースティンへ。数ヶ月でドラッグストア勤務を辞め、不動産会社で二年間働いた後、土地管理局での職を得る。
- 25歳で19歳のアソルと結婚し、1年後には男の子が生まれるが数時間で亡くなってしまう。
- 土地管理職で4年間勤めると、ファースト・ナショナル銀行へ勤務。
- 銀行の出納係として働くが、乱脈経営で役員達は、客の預金を勝手に引き出し、横領。ヘンリーの注意も届かず、尻拭いまで…。
- 給料が安く借金がかさんだヘンリーは、銀行の金を横領。逮捕され、懲役5年の判決を受ける。
- ヘンリーは昼、銀行で働きながら、夜は執筆活動。「ローリング・ストーン」という雑誌も創刊したが、鳴かず飛ばす。横領したお金は、雑誌の費用に宛てたという説も。
- 誰かをかばって捕まったという説もあるが、ヘンリー自身が裁判で一切の弁解をせず、弁護士すら相談しなかったため真相は不明。逮捕後は妻が他界。人生のどん底期を過ごした。
- 40歳で模範囚として出所。精力的に執筆活動を行い、数々の作品を生み出した。そのネタ元は服役中に囚人仲間たちから仕入れた体験談だった。
- 47歳で他界するまでの、わずか7年間で約280もの短編を書き上げた。
「好きなことを書きなさい。それ以外の法則はありません」
※エピソードは、朝日放送の情報バラエティ「ビーバップ!ハイヒール」、2010年7月22日放送分の
「偉人誕生の裏側?あの頃僕らはサラリーマンだった」で、山口智司が出演して紹介。
「偉人誕生の裏側?あの頃僕らはサラリーマンだった」で、山口智司が出演して紹介。
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